平和の絵画展を鑑賞 毒ガスの島を知る

憲法9条の重要性を再認識

 先日、柳沢公民館で行なわれた「平和の絵画と写真展」に行きました。市民団体が広く市民に出展を呼びかけて行なわれた催しです。空襲の時の激しい爆撃の様子や戦争のない平穏な風景など多様な展示でした。
その中で衝撃だったのは、大久野島(おおくのしま)の毒ガス製造工場の跡地の写真でした。主催者の一人である70歳代の男性が「私も広島の出身だ」と言って、写真の説明などをしてくれました。
写真は、防空壕のような毒ガス貯蔵庫の跡地(立ち入り禁止の看板あり)、毒ガス資料館、野うさぎなどです。説明の趣旨は「第二次大戦時、学徒動員などで6000人がここで、イペリットなどの毒ガス製造に関わったがそのうち1000人が死亡したと聞いている。子どもの頃、あそこは危険だから近づかないよう、と大人から聞いていた。戦後は一部の毒ガスは海に廃棄された。作業者には毒性の危険性は隠されていたので、夏は暑いので防毒マスクをはずして作業を行い多くの犠牲者がでたが、これらのことは公にはなっていない。野うさぎはカナリアの役割としてこの島に連れて来られたが、今では観光の一つになっている」というものでした。
その後、少し調べてみて驚いたことは、毒ガス製造は国際法に違反していたことから、1945年の敗戦まで地図から消された秘密の島だったことです。アメリカで見つかった資料などから、日本陸軍が中国において化学兵器を使っていたことを認めたことも明らかになりました。以前新聞で「日本軍は大量の毒ガスを中国で使い、敗戦後そのまま遺棄したため、多くの中国人が毒ガスの中毒になりその後遺症に苦しみ、日本政府に謝罪と補償を求める裁判をしている」ことを思い出しましたが、大久野島で作られた毒ガスだったのかと、知りました。ここでも日本は戦争の被害と加害の両面を持つことがわかりました。憲法9条の戦争をしない約束は、日本国民と同時にアジアの人たちとの約束でもあることを強く認識した絵画展でした。
生活者ネットワークは、このような戦争の事実を多くの市民のみなさんと共有しながら、子どもたちを戦場に送らない時代を作り続けたいと考え活動しています。
(市議会議員・渡辺かつ子)