「蟻の兵隊」・・・その後

2006年11月23日 19時22分 | カテゴリー: トピックス

宮崎参謀のご冥福をお祈りいたします

先月14日、こもれびホールで「蟻の兵隊」上映会を実施しました。その「蟻の兵隊を観る会」の実行委員長から作中の宮崎参謀がご逝去されたとの知らせが届きました。
享年99歳、10月にはいって、血流が滞る状態でしたが、眠るような穏やかな最期だったそうです。映画は、「このままでは死んでも死にきれない」と裁判を起こした奥村さんの日常と最後の裁判の様子、原告達の姿、そして中国で、自分の過去に直面する奥村さんの姿を追います。
この映画の中で、宮崎参謀は意識もなく寝たきりで横たわるだけの人です。しかし、奥村さんが声をかけると、言葉にならない言葉を胸の奥底から唸りとも言えるような声を出し、必死に何かを伝えようとします・・・・。その声と形相が私の心をわしづかみにしました。「蟻の兵隊」を見た人みなに、参謀の声は強烈な印象を残したことでしょう。戦後61年が過ぎても、「戦争」は終わっていない。忘れてはいけない。
決して繰り返してはいけない。

私は広島出身。原爆の投下された日、広島市内に行く予定だった父は電車に乗り遅れたため被爆を避けられました。しかし父の友人は被爆してしまいました。私の知人にも被爆2世はたくさんいます。私の就職した先(放射線影響研究所は、原爆の後障碍について研究するところ)では、今現在も、被爆2世、3世の検診などを行いながらその後の影響について調査研究を続けています。
原爆の投下された8月6日は特別の日です。それは日本中同じだと思っていました。でも、東京に来て、8月6日への意識の差に驚きました。私は、戦争の映画も子どものころからたくさん見ましたし、原爆についても考える機会がたくさんありました。
それでも足りない。
「蟻の兵隊」を観てそれを感じました。もっと、積極的に「蟻の兵隊」のような戦争を考える映画や機会を子どもたちにも見せていかなければいけないと実感しています。当事者の声を聴く、当事者の数だけ違う戦後がある。当事者から聞いたありのままを伝え、広めなければならない。

どんな政策も、平和社会があってこそ。
どのようなことがあっても、子どもたち誰一人として戦争に巻き込まれるようなことがあってはなりません。今もそしてこれからも。

憲法9条を、内外にひろめ、真の平和社会を築くことをすすめていかなくてはいけません。

板垣洋子